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POISON GIRL BAND さん

ポイズンガールバンド

吉本興業所属のお笑い芸人[POISON GIRL BAND]阿部智則/吉田大吾の動画や情報を紹介。

POISON GIRL BAND


太った 解散
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POISON GIRL BAND メンバー

阿部智則

よみがな:あべとものり
本名:阿部智則
生年月日:1979年8月29日
血液型:A型

吉田大吾

よみがな:よしだだいご
本名:吉田大吾
生年月日:1979年4月4日
血液型:O型

Blog

吉田大吾 note

  • クラフトビールの話
    on 2024年5月23日 at 16:38

    クラフトビール、流行ってますよね。雑誌などでも特集されていたり、普通のご飯屋さんにも「クラフトビールあります」と書いてあったり、コンビニで缶のものも売っていたり。何を隠そう、僕も数年前からハマっています。代々木に『ウォータリングホール』というクラフトビールのお店があって、コロナ禍でなかなか会食ができないときに一人でふらっと入ったんです。実はコロナ前にも何度か入ったことはあるのですがその時はあまりピンと来なくて、コロナ禍でなんとなく吸い込まれるようにまた入って、そこでハマりました。なんでハマったかというと、面白かったんです。『ウォータリングホール』では行くたびに数種のビールが入れ替わっていて、気になる名前のものを注文してみて、そのどれも普通のビールとは全く違う味や香りで、それが凄く面白かったんです。お店の人もみんな凄くいい人で、僕がビールの説明を求めると「これは〇〇で…」とか「こういうのが好きなら●●とか…」など、めちゃくちゃ丁寧に教えてくれたんです。そこから、通うようになりました。ぶっちゃけ「これはあんまり好みじゃないな…」というビールに出会うこともあります。でも、そんな出会いも楽しいんです。僕はわりと同じ店で同じものを注文するのではなく、毎回食べたことのないメニューを注文するタイプなので、そんな性格にも合っていたのかなと思っています。さらに『ウォータリングホール』にはフードメニューもいくつかあるんですが、そのどれもが美味しいんです。ある時、「これだけビールにこだわっているんだから、フードにもめちゃくちゃこだわりがあるんだろうな…」と思って、店長さんに言ったんです「ビールも美味しいですけど、この店はフードも美味すぎませんか?」と。「よくぞ、聞いてくれました!実はですね…」みたいな返りがあると思っていたら「あざ〜っす!」と一言だけ。その感じもとても好きなお店です。『ウォータリングホール』でクラフトビールにハマってから、仕事などで行った先々でクラフトビールのお店を探すようになりました。そこでまたいろんなクラフトビールに出会い、その世界の奥深さというか楽しさにハマっていきました。最近は体型キープなどの理由であまり頻繁に行けてませんが『ウォータリングホール』は、本当におすすめです。というか、みなさんの家のお近くにもクラフトビールのお店はあると思います。お酒が苦手でなければ、チャレンジしてみてはいかがでしょうか?続きをみる

  • 清志郎さんの話
    on 2024年5月2日 at 16:47

    この文章を書いている5月2日は忌野清志郎さんの命日。2009年に亡くなって、もう15年も経つのか…。忌野清志郎という人を初めて認識したのは、小学生か中学生のときかな。地元荻窪のCDショップで流れていた曲が気になって、家に帰っても口ずさんでいて。母親に「そんなに気に入ったなら買ってきたら?」とお小遣いをもらってCDを買いに行った記憶。ただ、曲のタイトルが分からなくて店員さんに「こんな曲です」って歌ってみせた少し恥ずかしい思い出も。手に入れたCDを家で聴いたら、やっぱり凄くよくて大好きになった。その後、ずっと追いかけたわけではなく、僕はお笑いの方にのめり込んでいったので、好きなアーティストの一人みたいな距離感だった。そして、芸人になってまたいろんな音楽に触れる機会が増えて、あらためて忌野清志郎というアーティストを深掘りしていった。清志郎さんの人となりにも興味を抱きつつ、作ってきた音楽や、発してきた言葉など、いろんな刺激を受けた。フォークグループみたいな感じでデビューした清志郎さんが、ある時期からメイクを施してド派手な見た目になったことにならって、僕もそんな感じで過去の芸風や自分自身の嫌いな性格などと決別してやろうかと考えたこともある。清志郎さんの訃報が届いた時、僕はグランジ大とかと後輩の家で飲んでいた。すぐに行きつけのロックバーに連絡して「今から行っていいですか?」と聞いた。夜中だったので「今日はもう閉めたよ」と。その数日後にあらためてロックバーに行き、いろんな曲をかけてもらった。ちなみに、このロックバーのマスターに『空がまた暗くなる』という曲を教えてもらって、このお店に行くと帰るときにかけてもらうようになった。♪大人だろ 勇気を出せよ♪の歌い出しに心を鷲掴みにされた。よかったら聴いてみてください。続きをみる

  • 中尾班YouTubeの話
    on 2024年4月9日 at 19:53

    こちらの動画でもお話していますが、よしもと中尾班YouTube劇場にて企画や演出などを担当することになりました。最初に依頼を受けたときの心境は「レッドオーシャンと化したYouTubeの世界で成功するのはだいぶ難しいぞ…」でした。暫くは「何をしたらいいんだ?」と頭を悩ませる日々。しかし、ある時に「待てよ、俺たちはユーチューバーじゃないんだ。吉本芸人なんだ。何をやってもお笑いなんだ。だったら、見てくれた誰かが中尾班芸人に何かしら仕事の依頼をしたくなるようなものにしないと…」という考えに至りました。中尾班の芸人は、実力とキャリアのある方々ばかり。新陳代謝も必要なお笑いの世界では、キャリアを重ねるごとにチャンスも減っていく。それならば、中尾班YouTubeをチャンスの場にできたらいいんじゃないか…。ということで、何万回再生とか『バズること』は一旦おいておき、中尾班の誰かが業界の誰かの目に留まる、他ジャンルの誰かに興味を持たれる、そんな動画を目指していこうと思いました。中尾班YouTubeが誰かのキッカケの場になってくれたら…。中尾班から誰か一人でもスターになってくれたら…。そして、中尾さんに銀の盾を贈れたら…。そんな、意気込みです。続きをみる

  • 誕生日の話
    on 2024年4月4日 at 08:49

    そんなわけで、45歳になりました。45歳って!怖っ!歳をとることに抵抗はありませんが、この一年は4月4日生まれの44歳だったので『4444』のゾロ目期間が終わってしまう寂しさはあります。『4』は不吉な数字みたいに扱われていますが、個人的には好きな番号です。不思議と縁もあるんです。誕生日以外にも、東京NSC4期生だし、初めて一人暮らししたのも〇〇4丁目だし、初めて決勝に出たM-1も2004年の第4回大会だし、とか全然イヤじゃないです。ここからは、散文的に…。4月4日生まれなので、新学期が始まったときは同級生より一つ歳上状態でスタートです。これは、あまり嬉しくなかったですね。夏休み生まれはみんなに祝ってもらえないとか、クリスマス近辺生まれは誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントをまとめられるとかいろいろ聞きますが、僕の場合は地味にイヤでした。なんか、いきなりみんなよりお兄さんスタートみたいな。続きをみる

  • 「ポイズン吉田の大好きな人たち」の話
    on 2024年3月28日 at 17:58

    LOFT9 Shibuyaで「ポイズン吉田の大好きな人たち」というライブをやらせていただいております。といっても、年一の開催ですが。初回は2022年の4月28日で2回目は2023年の4月10日でした。そして、今年(2024年)も5月28日に開催させていただきます。このライブの趣旨というかコンセプトというか狙いというか…もしも、キャッチコピーをつけるなら『目撃せよ!』とか『参加者全員が当事者!』みたいなことだと思っています。もちろん、初回の時にはそんなことは思ってなく、ライブタイトル通りに僕が好きな芸人さんに出てもらってネタをやってもらって…という考えだけでした。ただ、初回に出てくれた囲碁将棋・街裏ぴんくくん・パンプキンポテトフライ・逆切れガンジーさん、の4組のネタが凄すぎて。ネタというかなんていうか、人間力だったり破壊力だったりが素晴らしく、そこにお客さんの反応が奇跡みたいに共鳴しあって、主催ながら「ヤバい、凄いもん見せられてる…」という感覚になりました。そして去年、ランジャタイ・真空ジェシカ・ママタルト・キュウ・逆切れガンジーさん、の5組もこれまた凄まじく、まさに「なんだこの時間…ただの事件じゃん…」と吃驚しました。続きをみる

  • 吉日の話
    on 2024年3月15日 at 18:25

    この文章を書いている2024年3月15日は「天赦日」「一粒万倍日」「寅の日」の3つの吉日が重なるスペシャルラッキーデーとのこと。この日に何かを始めるといいとか…。はい、わりとスピリチュアル好きの僕なので数日前から知っていました。「天赦日」とか「一粒万倍日」って、ここ数年でよく聞くようになりましたよね。「パワースポット」ほど定着はしていないかもですが、僕の周りでも大事にしている人がけっこういたりします。とはいえ、今日から何を始めようか?と考えてもあまりいいものが思い浮かばず…。やりたいことはたくさんあるのですが、やりたいことはやりたいときに始めるタイプなので。と、書いたところで「思い立ったが吉日」って言葉を思い出しました。素敵な言葉ですよね。もしかしたら、今日みたいな「吉日」に振り回されている人を皮肉った言葉なのかなぁ。とか考えながら、なぜこの文章を書いているかというと『やっぱり何か始めないと損だな』という貧乏性の考えからです。だって、いろんなところで『今日始めたことは、いつか大きな花となる』とか『今日は財布を新調するといい』とか『今日は宝くじを買うといい』とか目や耳にするんだもん。なんか、「バレンタイン」とか「恵方巻き」とかが定着したのもこういった初めの一歩があったんでしょうね。そして、この時間まで何かを始めたわけでもなく、宝くじも買っていません。なので、決意表明的な?こんな自分になりたいです的な?この文章が誰かの目に止まって素敵な縁がありますように…みたいなことで書いています。ということで…。今年に入って、わりとお笑いの審査員的な仕事が立て続けにありました。もちろん、依頼されたからには全て引き受けて全力でやっています。が、僕はまだまだ芸人として売れる気マンマンなので、芸人としての仕事もやる気マンマンです。他事務所の人でも声をかけてくれたら、どこへでも行かせていただきます。テレビもラジオも映画もドラマも、なんだって出たいです。歌う企画と心霊スポット行く企画と虫と戯れる企画だけNGです。何かしらのユニットに入ってみたいという願望もあります。いっそ、3つ4つくらいコンビやトリオを掛け持ちしてもいいかなと思っています。続きをみる

  • POISON GIRL BAND 20240219 一夜明けて
    on 2024年2月20日 at 17:53

    僕が生まれ育った町『荻窪』にできた『The Top Beat Club』というライブハウスで「POISON GIRL BAND 」をバンド形式で見せる漫才ライブの第二弾でした。(どんなライブかと言いますと、何人かの漫才師さんにその日だけ加入してもらって「◯月◯日のPOISON GIRL BAND」という形でその日限りのPOISON GIRL BANDをBAND形態の漫才で見せるライブです。)今回のバンドメンバーは、ポイズン吉田・2丁拳銃さん・おしみんまるさん、そして、シークレットゲストに大西ライオンとムーディ勝山でした。今回も前回同様のメンバーで考えていたのですが、東京ダイナマイト松田さんのスケジュールが合わず。開催のご協力をしていただいている『オフィス石川』の石川さんから「全員が揃うとなると3月になりますが、どうしますか?」と連絡があり、少し悩んで「4人+シークレットゲスト2.3人ほどの編成でやります」と答えました。シークレットゲストを決めてから、1人で構成を考えました。今回は前回の反省点「曲中の手持ち無沙汰感」「修士さんがボケた人を叩くツッコミを入れる」の2点を考慮しながら組み立てていきました。結論から言うと「曲中は1人がピンスポで口パク」「漫才によっては修士さんとボケが1本のマイクを挟む」という形にしました。これは、概ねよかったんではないでしょうか。そして、今回は僕の大好きな小沢健二さんの楽曲を元に漫才を作っていきました。実は前回のライブ後に「次にやるとしたら、このアーティストかな…」というアーティストがいたのですが、年末年始に世間で起こったいろんなマイナスな出来事を目の当たりにして小沢健二さんに変更しました。なぜ、小沢健二さんにしたのかはライブでお話しした通りです。(ちゃんと喋れていたかは不安ですが。)簡単に言うと、小沢健二さんのポジティブパワーや肯定力に頼りたかったんです。続きをみる

  • 野球をやめた話⑫
    on 2024年2月9日 at 18:15

    小学校からの仲間たちが野球をやめても、とりあえず自分は続けることに決めた僕だった。そこからは1人で自転車を漕いで練習に向かう日々。これが嘘みたいに寂しくて、めちゃくちゃ心が折れそうだった。それでもグラウンドに着いたらやっぱり野球は楽しかった。野球は楽しいというか、投げることは楽しかった。それは、大人になった今でも変わらない。(よく、周りの芸人さんに「吉田は楽屋でピッチングフォームのチェックばっかしてる」と言われる)小学校の時からピッチャーだったので、練習はみんなと別メニューだった。ウォーミングアップが終わったら、コーチ相手に投げ込み。みんながバッティング練習をするときは、投げる側なのでみんなの敵役。だから、自分は1人ぼっちには強いと思っていた。しかし、全くそんなことはなかった。グラウンドへの行き帰りの自転車での数十分が、永遠の孤独みたいに感じた。今になって分かったのは、この時には「今日も野球ができるぞ〜」といった純粋な野球への情熱はなくなっていたんだと思う。1人だろうがなんだろうが、好きなものへ向かう気持ちの昂りが失われていた。みんながやめてからどれくらいだったか忘れたけど、数ヶ月後に完全に心が折れた。僕も野球をやめることを決めた。親に「野球やめる…」といった時の悲しそうな顔は今でも忘れられない。野球を始めた日から本当に応援してもらっていたから、申し訳ない気持ちもあった。中学に入ってからは球速も上がったので、父親相手にピッチング練習をすることもなくなっていた。「もう、俺は大吾の球は捕れないな」と嬉しそうに言われた日が最後だった。父親相手に最後に投げ込んだのは、いつだったんだろう。やめると決めたから、次の練習の日に監督に伝えにいった。あれは、何曜日だったっけ?季節は夏の終わりごろで時間は夕方だった気がする。中学2年生だった僕は、大好きだった野球をやめるために自転車を漕いでいた。小学2年生のときに始めた大好きな野球を、僕はこの日でやめた。あれだけ大好きだった野球を。「将来の夢」という作文ではいつも『プロ野球選手になりたい』と書いていたのに。続きをみる

  • 野球をやめた話⑪
    on 2024年2月8日 at 17:49

    野球をやめるまでのカウントダウン状態に入った僕たちだったけど、実は誰の口からも「俺、やめるわ」の言葉は出てこなかった。この時のみんなの心情は分からないけど、やめたいけどやめられない…的なチキンレースになっていたのかもしれない。誰かの「俺、やめるわ」待ち。むしろ、やめるキッカケを探していたかもしれない。そんな時期に決定的な事件が起こった。とある試合で監督がとった采配にあまりにも納得がいかなくて、僕らの中で何かが音を立てて壊れた。どんな采配だったかというと…試合に登録できる人数は決まっているのに、試合の途中で登録されていない選手を登録されている選手のユニフォームに着替えさせて出場させたのだ。監督は「ベンチからあいつの名前を叫ぶなよ。叫ぶ時は『〇〇(登録されていた選手の名前)』だぞ」と僕らに言った。意味がわからなかった。そこまでして勝たなくちゃいけないのか?そんな気持ちが渦巻いて、その日を境に一気に野球への熱…というか、このチームへの熱は冷めていった。続きをみる

  • 野球をやめた話⑩
    on 2024年1月24日 at 15:41

    思てたんと違う感じで始まった僕らの中学野球は、「なんか、楽しくないんだよなぁ」の気持ちが日に日に増していった。監督やコーチに教えられる野球は『勝つための野球』で、それは当たり前なんだけど、やっぱり『楽しんで勝つ野球』しかやってこなかった僕らには混乱することもあった。小学校までは打席に立つだけでワクワクさせてくれる奴や、嘘みたいに笑っちゃうエラーをする奴や、変なタイミングでスーパープレーをする奴など、とにかく毎秒が楽しかった。中学での野球はみんなが着実に実力を上げていき、リスクを冒さないようなしっかりしたプレーで、強いチームはそういうものなのかもしれないけど「このチームの野球は見てて面白いのか?」と思っていた。そんなもんだから、グラウンドまで自転車で向かう僕らの会話は「誰かあのコーチの原付のカギ隠せ」とか「監督のチャリのブレーキ、うるせえよな」とか、監督やコーチへの悪口になっていった。まさしく、心が荒んでいた。そして、僕らは中学校の部活には入っていなかったので、放課後に校庭や体育館で練習をしているサッカー部やバスケ部がモテ出してきたことも余計に心にグサっときていた。「運動神経なら俺たちの方があるし…」的な惨めなプライド。運動神経だけでモテることができるリミットを本能的に感じ取っていたのかもしれない。いろんな要素が合わさって、どんどんよくない人間になっていっていた。続きをみる

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